転倒、ケガ、その後。(1)手術編


唐突ですが今回から3回にわたり、母指CM関節の手術・リハビリ体験記をお届けします。自転車の話題はありません。「CM関節」などの検索ワードからおいでの方はもちろん、そうでない方も最後までご一読いただければ幸いです。

ケガを負って病院へ

自転車で転倒右手を負傷したのは4月の終わり、うららかな春の日の午後のことであります。受傷の直後は出血している肘や膝のほうが気になって、右手にはさほど関心を払っていませんでした。強めの打撲かなという程度の認識でありました。

ところがこれが大間違い。数日を過ぎても右手は一向に良くなりません。それどころか、かなり鋭く痛みます。痛みの元は親指付け根の関節。親指に少しでも力が入るとこの部分に激痛が走るのです。

具体的には「つまむ」という動作が困難になりました。キーを回す、ジッパーのタブをつかむ、小袋を開ける等々、日常生活の中にありふれた「つまむ動き」をしようとすると、親指の付け根の関節がズキンと強く痛みます。

さらに母指球周辺の腫れが引くにつれて、親指付け根が外側に飛び出していることにも気付きました。左手を使ってその付け根部分を押し戻してやると、コクッという感じで本来の位置に収まるのですが、押すのをやめるとまたポコッと外側に出てしまいます。

どうやら単なる打撲や突き指ではなさそうだ……。医学知識の乏しい私でもさすがに察しが付きました。とにかく一度診てもらったほうが良いのかもしれない、ということで、大型連休明けを待ってようやく病院へと足を運ぶことにしたのであります。

痛みの原因は?

最初に訪れたのは近所の整形外科医院。ワイワイ元気なご老人たちの合間を縫って診察してもらうと、「親指付け根の亜脱臼ですね。手術でしょう」とあっさり。なるほど。

……ん?手術!? 「詳しくお願いします!」と身を乗り出すも、それはこれから紹介する病院で聞いてくれと丸投げです。

後日、こんどは紹介先の手外科クリニックを受診。こちらも朝から患者でごった返しており、3時間近く待ってようやく診察室に通されます。その結果「右母指CM関節靭帯断裂」という、何やら聞き慣れない傷病名をもらいました。

母指CM関節とは親指の付け根にある関節で、親指の機能を支える重要な部分。そのCM関節につながる靭帯が転倒事故によって断裂し、親指が脱臼寸前の状態になっていたのです。加えて、第1中手骨基底部には骨折も見られました。

手外科の医師もやはり「これは手術だね」とのこと。順調に行っても回復まで3か月程度はかかるそうで、一時の不注意が思わぬ大事につながってしまいました。

治療の説明を受ける

とにかくこうなってしまった以上、気を取り直して治療に専念するほかありません。それでもやっぱり手術は気乗りがしません。

そこで、ほかの治療法はないか聞いてみると、このまま手術をしないでおくと関節が変形を来たし、また違う痛みが出てくるというではないですか。つまり手術のほかに方法はない、ということです。

これは、一般的なCM関節症とは少し事情が違います。加齢や酷使により生じる母指CM関節症の場合、必ずしも手術が第一ではありません。CM関節に明らかな変形が見られなければ、装具や注射による保存的療法が選択されることも多いのです。

しかし私の場合、アクシデントによって靭帯が完全に断裂し、関節を正しい位置に留めておくことができなくなっており、新たに靭帯を作りなおさなければどうしようもない、ということから手術の適応となったようです。



医師からは上の図のような手術を行うとの説明がありました。



第1中手骨と第2中手骨に穴を開け、長母指外転筋(APL)腱の一部を裂いたものを中手骨の穴に通し、橈骨から採取した自家骨と共にチタンスクリューで留めるという靭帯再建術だそうです。

手術は日帰り(デイサージャリー)で行い、麻酔は伝達麻酔(腕神経叢麻酔)を用いる。当日は家族や知人などの付き添いが必要。

その他、手術による後遺症や急変時の対応など諸々のリスクに関する説明があった後、日程を調整し、同意書にサインして手術が決まります。

その後、クリニカルパス(治療スケジュール表)をもとに、看護師から準備や処置の説明を受け、血液と心電図の検査を行ってこの日は終了。あとは手術日が来るのを待ちます。



それまで親指を保護しておいてくださいとCM関節症向けの母指固定装具を出されました。(購入)

いざ手術へ

手指(上肢)を専門にしている整形外科が少ないこともあり、混み具合が尋常ではなく、初診からずいぶん日が過ぎましたが、それでもようやく待ちに待った手術の日を迎えました。

当日、指定の時間までに訪院して受付を済ませると、さっそく手術室のあるフロアへ案内されます。そこで浴衣のような患者衣に着替え、キャップをかぶります。

着替え終わったら患者取り違え防止用のネームタグを腕に付け、ブラシと消毒液を使って自分で手術部位を洗浄・消毒します。

その後、前室のベッドに横たわり抗生物質の点滴を受けます。点滴ラインを確保してくれた看護師さんと、たわいのない会話をして気分を落ち着かせようとしますが、このころになるとさすがに緊張を隠せません。

ベッドで20分ほど点滴を受けた後、名前を呼ばれ、点滴スタンドと一緒に歩いて手術室に入ります。思ったよりもかなり広い空間で、中央に手術台がひとつ、上にはライト、周囲にはいくつもの医療機器が並んでいます。雰囲気を和らげるためか、室内には音楽が流れていました。

あらためてその場で氏名と手術部位などを確認し、忙しく立ち回る手術スタッフの皆さんとあいさつを交わして、よっこらせと手術台の上に。手術を受けるのは右手なので、右腕を患者衣から抜き、右側に出しておいてから横たわります。

身体に心電図モニターのパッドや自動血圧計を取り付けられ、さらにいくつかの説明を受けたところで、診察もしてくれた医師(執刀医)とアシスタントが登場。よろしくおねがいしますとあいさつしていよいよオペ開始です。

伝達麻酔

その前に忘れちゃいけないのが麻酔です。今回使われるのは上肢伝達麻酔という方法で、脊髄から分岐して指まで伸びている腕神経叢に麻酔薬を注射し、 肩から先の感覚を麻痺させるというもの。

じつは密かに恐れていたのがこの麻酔であります。鎖骨の上、首もとに注射針を刺すなんて、まるでどこぞの仕掛人の暗殺ワザじゃないですか。

そんな怯えを知ってか知らずか、「麻酔しますから左のほうを向いてください」とのお言葉。おとなしく従うと、なにやら首もとにヒタヒタと当たる感触が。ここが動脈だからどうのこうのという会話が聞こえてきます。傍らにあった心電図モニターの心拍数が100に迫り、心臓の鼓動が奏でる電子音も最高潮に(笑)

と、そこにスッと針が入った感触。しかしほとんど痛みはなく拍子抜けです。「どうですか?」と聞かれ、「針が刺さっているのはわかります」と答えると、では、と針先をわずかに動かした途端、腕全体が跳ね上がるような強い刺激を感じました。

「指はどこが痺れてますか?」「小指のあたりです」 じゃあこれは?と、また少し針先を動かしたようで、今度は親指のあたりに電気が走ったかのような痺れを感じ、「親指にきました」というと、目当ての場所を探り当てたらしく、そこで麻酔薬を注入。にわかに右腕が熱くなったような感覚に包まれ、すぐに腕を動かすことができなくなってしまいました。

手術中

腕の付け根に止血帯を巻かれたら、いよいよメスが入ります。全身麻酔と違って終始覚醒しているので、ココをこうしてアレをどうするというようなオペ中の会話を聞くことができて興味深かったのですが、それより何より、けっこう痛かったのが想定外でした(笑)

手指のほうはしっかり麻酔が効いていて、中手骨に穴をあけるドリルの感触すら微塵も伝わってこず、完全に無痛状態でしたが、移植用の骨を前腕(橈骨)から採取する場面では、思わず身を固くするような痛みをおぼえました。

「すいません、ちょっと痛いです」と申告したところ、意外という感じで「我慢できる?」と言うので、「はあ、大丈夫です」と返してそのままオペ続行。コンコンコンコンと乾いた音が手術室に響き渡ります。ドリルの音といい、ノミを打ち込むような音といい、ここは木工室かッ!と、不覚にも面白くなってきました(笑)

その後はとくに強い痛みを感じることもなく、一連の靭帯再建術を終えて切開部を縫合。右手親指から前腕にかけてシーネと包帯で巻かれます。

いつの間に撮ったのか、X線画像のプリントアウトを見せられ、「ここをこう直しましたよ」と説明を受けてオペ終了です。以前説明のあったチタンスクリューは使わなかったとのこと。結局、手術台に乗っていたのは40分ほどでした。

医師や看護師にあいさつして、ふたたび自分の足で手術室を退室。この時点で体調がすぐれない場合はベッドで休むことになりますが、とくに問題なしということで点滴針を抜かれ、帰り支度です。

手術費用

麻酔が効いている右腕は、肩から先の感覚が完全に消失。効果はこのあと10時間ほど続くそうです。自発的にはまったく動かすことができず、着替えも一苦労。ゆったりした服装できてくださいと言われた理由が分かりました。介助してもらい、シーネで太くなった右腕をどうにか服に通し、三角巾でつったら待合フロアへ帰還。ようやくお会計です。



当日の会計は約9万7000円(3割負担)でした。調剤薬局で処方せんのクスリを購入し、一路自宅へ。病院に入ってから出るまで2時間強というところでしょうか。

術後、抜糸まで

今回受けたのは、近年の流行りでもある日帰り手術。入院がないので日常生活への影響を極力抑えられる反面、術後の管理をある程度自分で行う必要があり、その点では少々面倒なスタイルとも言えます。

当日の夜、麻酔が切れてからの痛みはなかなかのもので、小耳にはさんだところでは、処方されたクスリを使っても一睡もできないほど痛むこともあるとか。



病院から自宅に戻って半日ほど経った夜9時ごろ、医師から直接、術後の状態を確認する電話がありました。いわく、あなたの場合それほど痛まないだろうが、ロルカム錠を服用しても痛みが強いようなら、無理に我慢せず、処方したボルタレン座薬を使ってくださいとのこと。電話を受けた時点では依然として腕神経叢麻酔が効いており、まったく痛みはなく、余裕の受け答えです。

事前の指示どおり、術後は患部を心臓より高くしておき、保冷剤等を使って冷やす用意もしてありましたが、どうせなら麻酔が効いているうちに寝てしまおうと早めの就寝。

次に目を覚ましたのはそれから数時間後。深夜1時ごろのことであります。さすがに当日夜を安眠しようと考えたのは甘すぎました。激痛が右手のあたりで激しく突き上がり、 とても睡眠どころではありません。これはダメだとばかりに急いでボルタレン座薬を投入。麻酔が効いていたころの余裕はどこへやらです。結局その後しばらく唸っていましたが、座薬のおかげでどうにか眠ることができました。

翌日の朝。深夜のような強い痛みはすでにありません。右肩と上腕はほぼ自由に動かせるようになっており、シーネで固定されている前腕と手指の付近だけが、じわじわと熱い痛みを放っている状態でした。

ここで日帰り手術の面倒なところ、その2。術後の状態確認と消毒のため、手術の翌日も痛む腕を抱えて病院に行かなければならないのです。

このとき初めてまじまじと手術部分を見たのですが、前腕の切開部にはドレーンが挿してありました。腕の中から生えている管をひょいと抜き取ってもまったく痛くないという不思議。傷口を拭いたそばから血がにじみ出てきますが、感染症の兆候も見られずひと安心です。



このあと数回の通院と消毒処置を経て、術後10日目にしてようやく抜糸となります。そのころには傷口もふさがっており、血が出てくるようなことはありません。

シーネからギプス、そして解放へ

抜糸を終えると、それを境に患部の固定がこれまでのシーネからギプスへと変わります。シーネとは、患部に沿うように形を自由に加工できる、現代版の副木(そえぎ)のようなものであります。



シーネは包帯がゆるいと固定が不十分になる心配があり、包帯の巻きがきついと今度は圧迫感が耐え難いという、どうにもこうにも馴染めない代物でした。一方のギプスは殻のように全体をカバーし安心感抜群。最近のギプスというのは、重い石膏製ではなく、樹脂とガラス繊維で作られた柔らかな包帯状になっており、巻いてから水に濡らすと硬化するという優れものです。



手を下げると血液が集まってきて脈打つ感じがあるものの、シーネ固定と比べ、圧倒的に軽くてコンパクト。抜糸が済んで状態がよくなってきたこともあるのか、腕がずいぶんと楽になりました。巻いてから数日は少々窮屈さを覚えましたが、1週間もすると中で痩せてきて隙間ができました。

こうしてギプス装着から2週間。ギプスのある生活にもすっかり慣れたころ、ついに固定から解放される瞬間がやってきます。

整形外科・七不思議のひとつ、ギプスだけ切れて肌は傷つかない電動ギプスカッターが唸りを上げて右手のギプスを切り裂いていきます。(念のため下敷きを差し込みますが)

久々に見た右手の素肌は、一見して象のようにしわだらけ。なんとこれ、すべて古くなった角質だったのです! ギプスで固定されてからの2週間というもの、ギプスから出ている指しか洗うことができませんでした。処置室の流しで手を洗うとまあ出るわ出るわ、垢が止まりません。

とりあえず手洗いを切り上げてからレントゲンを撮影。画像診断と触診では母指CM関節部分は問題なしとのこと。今後は状況に応じて固定装具を装着し、その都度、母指CM関節を保護することになります。

やれやれ、やっとここまで来たかという感じですが、このまま解放感に浸っているわけにもいきません。ギプスの下にあった手や指ものすごく固くなっており、 健康だったはずの手首など、ほんのわずかしか動きません。しかも動かそうとするとけっこうな痛みを感じます。

これがまさに初期の「関節拘縮」というやつで、ここまで動かなくなるものかと驚きました。放置すればいずれは右手廃用の危機です。

そこで重要になるのが術後の可動リハビリ。この状態から辛抱強く訓練を重ねていくことで、手指の柔軟な動きを取り戻します。回復への道のりは、むしろここからが本番なのです。

>>つづく

転倒、ケガ、その後。(1)手術編(この記事)
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転倒、ケガ、その後。(3)費用と保険、病院選び編(最後の記事)

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